2016年10月20日

第一部 青の王 -2-

 自室に戻ると、シアンは世間話でもするような唐突さで切り出した。
「やはり暗殺の首謀者は黒の方で間違いないようです」
 シアンが北方へ行っているあいだに、青の王は殺されかけた。深手を負い、一時は命も危ぶまれたが、予定外の出来事によって生きながらえた。
 暗殺未遂は、青の宮殿の近衛隊長を務めていたルクソールの手によるもので、ルクソールは暗殺に失敗して命を落とした。
 事件に幕が引かれたはずが、ルクソールの残した遺書には、孫娘を人質に取られた末の犯行だったと書かれていた。遺書に黒幕の名前はなかったが、ルクソールを操っていた人物には想像がつく。
 パーディシャーの地位を狙うセーブルの仕業だ。確信を得ていたし、セーブルもそれを隠そうとはしていない。証拠がなければ追及もできないと思っているからだろう。事実、今はまだセーブルを裁くだけの材料がなかった。
「ルクソールの孫娘を攫った者は、すでにくちを封じられていましたが、仲介した男を捕らえました。黒の宮殿の兵の依頼だったと証言しています」
「依頼した黒の兵を捕らえて、セーブルの名を吐かせろ」
「無理に吐かせたところで、一兵卒の証言では黒の方を追い詰めるには弱いでしょう。証人にするなら、黒の方が言い逃れできないくらい近しい、側近でなければ意味がありません」
 シアンの言う通りだ。
 パーディシャーであっても、他の王を処罰するのは難しい。セーブルの犯行を示す、確固たる証拠がなければ手を出せない。それがわかっているからこそ、セーブルも平然としているのだろう。
「青の近衛隊長の孫を人質にするという、乱暴なやり方をするくらいですから、黒の方はなりふりかまってはいられないのでしょう。おそらく、紫の方が次のパーディシャーになるのではと言われているので、今のうちにパーディシャーの地位を取り戻そうと焦っているのかと……そう遠くないうちに、またあなたの暗殺を企てるはずです」
 パーピュアが次のパーディシャーかもしれないと噂され始めたのは、シアンが青の宰相を辞めて北方へ行ったのがきっかけだったが、当の本人は素知らぬ顔で推測を話した。
「個人的な恨みもあるだろう。セーブルからパーディシャーの地位を奪ったのは私だからな」
 正確には、パーディシャーの地位を奪ったのは、当時の青の王だった弟のエールだが、交代劇の裏側で、他の王たちも抱き込んでセーブルを失脚させたのは、弟をパーディシャーにしたかった自分と、そして、シアンだ。
「暗殺の動機が恨みによるものなら、おまえも身辺には気をつけておけ」
「あなたのように、刺客に殺されかけるほど隙だらけではないつもりでいますが、心しておきます」
 さらりと嫌味で返してから、いつになくやわらかい口調で続けた。
 それは、かつてセーブルを陥れた時のように、目的のためなら手段を選ばない男が、妙案を話す時の口調だった。
「黒の方の罪を明らかにするなら、証人探しなどという回りくどい真似をしなくてもいいのではありませんか」
「どういう意味だ?」
「緑の方には、神の力が残っているのですよね? その力で、ルクソールに殺されかけたあなたを治療した。視力が回復したのも、緑の方の力のおかげだったはずです」
 青の王の視力が回復したのは一年ほど前だ。
 ルクソールによって、命にかかわる深手を負わされたが、セージの神の力によって傷は癒え、失っていた視力も取り戻した。
 それまで、セージは自分に神の力が残っていると隠していた。青の王に秘密を知られないようにしていたが、治療したことで隠しきれなくなり、青の王もまた、セージの秘密を知らぬふりをしていたことを打ち明けて、今に至る。
 シアンは以前にも、西方で死にかけた青の王を治療するセージを見ているので、事情を察したのはともかくとして。
「ヴァートになにをさせる気だ」
「緑の方が『声』で命じて、黒の方に犯行を自白させればよろしいのではありませんか。もっと言えば、ひと目のある場所であなたを襲わせるよう『声』で操れば、言い訳できないかと。少なくとも、『声』という最強の武器があるのに使わない手はありません」
「……あのお人好しが、他人を陥れるために『声』を使うと思うのか? 公衆の面前で私を襲えば、いくらセーブルだって罰を免れない」
「あなたが命じても、緑の方は断るのでしょうか? それは、命じ方次第ではありませんか?」
 挑発するようなことを言った。性根が真っ黒なくせに、「黒の方に思い知らせておきましょう。私がついている限り、二度とあなたに手出しはさせません」と生真面目に言うので、さらにたちが悪い。
 シアンが出て行くと、椅子の背にもたれた。


 サルタイアーの重臣たちとの宴席が終わり、自室に戻るとセージが待っていた。胸には布でくるんだ瓶を抱えている。中身は葡萄酒だった。
「式典では少しも飲まれていなかったので持ってきたんです!」
 青の王が長椅子に腰かけると、セージは部屋に備え付けられた陶器の箱から、ガラス製の器をふたつ取り出して赤色の酒を注いだ。
 長椅子の隣に座るかと思ったが、なぜか絨毯に両ひざをついて、酒の器を差し出してきた。礼儀をわきまえた侍従のような態度に、緑の王としてどうなのかと呆れたが、面倒だったのでくちには出さなかった。
 注意すれば青の王の言う通りにするだろう。それは、考えを改めたわけではなく、命令に従っただけで、根本的にはなにも解決しない。
「祭りの規模のわりに露店が少ないと言っていたが、数は揃ったのか?」
 声をかけると、パッと笑顔になった。
「はい、なんとか間に合いました。俺もなにかできないかと思って、露店で扱ってもらえるように、葡萄酒に合う料理も作ってみたんですよ!」
 ひどく楽しげに、葡萄酒で煮込んだ肉料理の話を始めた。
「事前に露店で出す料理の品評会があって、そこで他の露店の料理も味見させてもらえたんですけれど、サルタイアーの貿易団の方の作られる料理が、どれもめずらしくて楽しかったです。トウガラシみたいな、こんな小さな黄色い野菜がものすごく辛くて」
 真剣な顔で、親指と人差し指を瞳の高さにかざした。
「ロコトか?」
「あれ、食べたことがあるんですか?」
「東方ではたまに出回っていたが、食べたことはないな」
「あっ、だめですよ! ジェント様は味の強い食べ物が苦手でしたよね。実も種もとても辛かったですから、食べないほうがいいです!」
 セージは思い出したように顔をしかめた。ふと表情を変えて、考え込むようにあごに手をあてた。
「サルタイアーでは生で食べる習慣があるそうですけど、長期保存するために乾燥させたり、油漬けにもするようなので……シェブロンではあまり辛いものは好まれないけど、山羊肉の串焼きにまぶしたりしたら、露店でも人気が出るんじゃないかなあ」
「作ってみろ。サルタイアーの官職者をもてなす料理に加えてやる」
「えっ、いいんですか!?」
「官職者の食事には、サルタイアーとシェブロンの料理を半々で出しているそうだ。両国の名物を融合させた料理ならば喜ばれるだろう。建設中の交易路が、二国を結びつけるとより印象付けられる」
 交易路が完成すれば、サルタイアーの文化が流れ込んでくる。
 葡萄酒祭りのためのバザールは、露店の三分の一がサルタイアーの貿易団によるもので、民にもこれから国がどう変わっていくのか知らしめるいい機会だった。見たことのない香辛料、絹や上質な織物が流通し、交易路は敵対していた隣国との和平の象徴になるだろう。
かつてラズワルド騎兵隊の隊長として、サルタイアーの軍と争っていた身からすると、遠くまで来た気がして感慨深かった。
「楽しみですね。交易路ができたら、俺もサルタイアーに遊びに行ってみたいです」
 セージが緑の王になった時は、こんなふうに酒を飲みながら、たわいもない話を出来るようになるとは思っていなかった。
 憎まれるか、避けられるしかなかった関係は、いつの間にか変わっていた。神の力を隠さなくてもよくなってからは特に、明け透けな笑みを見せるようになった。
 葡萄酒の瓶を抱えて立ち上がると、「お注ぎしますね」と言いながら、まだ残っている器につぎ足した。手を伸ばしてセージの前髪をすくいあげると、びくりとして後ずさった。
「あの……っ」
 逃げたのをごまかそうとしたのか、早口で言った。
「そうだ、演劇、すごく面白かったですよ! 舞踊合唱隊の歌も感動的でしたし、ジェント様にも観ていただきたかったです!」
「良かったな。楽しみにしていたのだろう」
 微笑みかけると、セージはへらりと表情を緩めて、どうしてか泣き出しそうな顔をした。
「劇のあいだ、隣にあなたがいたらもっといいのにって、考えていました。本当は、ここへ来たのは、楽しかったって聞いていただきたくて……すみません、こんなの甘えていますね」
「甘え方を覚えたのなら悪くない。隣へ来い」
 セージはきょとんとした顔で、その場に立ち上がった。頭から足の先までじっと見つめた。
「ええと……?」
「聞こえなかったのか」
 迎え入れるように、片手を差し伸べた。セージはもじもじしながら、酒の瓶を足元に置くと、「服、脱ぎますね……」と服の裾を持ち上げた。
「脱ぐな。さっさと来い」
 おそるおそる近寄ってきたので、腕を引いて身体を抱き寄せた。向かい合ってひざの上に乗せると、セージは身体を強張らせた。
「とな、隣って言ったのに……!?」
「ひざに乗せると言えば、逃げられるからな」
 手荒いやり方でいきなり突っ込むよりも、優しく背中をなでてやるほうが怖がる。セージは居心地が悪そうに、何度も身じろいだ。
「早くなにか命じてください! そうじゃないと心臓が持ちません」
「うるさい。甘え下手もいい加減にしろ」
「甘えるって、どうやったらいいか……」
 こめかみにくちづけて、片腕で背中を強く抱きしめる。セージは色気のない声で「ひい……ひぃい、死んじゃう」と漏らした。
 かたくなに顔を上げようとしないので、苛つきながら、あごをつかんで持ち上げた。大きな瞳は潤み、ほおは紅潮していた。熟れすぎて木から落ちそうな、甘ったるい声で言った。
「まだ、脱いだらだめ?」
「……裸にならずに、このくちで上手にねだってみろ」
 親指でくちびるをなぞると、セージは覚悟を決めるように深呼吸した。いつものように、あざとい上目遣いではなく、笑顔を作るのに失敗したようなひきつった顔で、声を張り上げた。
「円形場の劇、やっぱり最後がどうなるのか気になります! 祭りが終わるまでに、一緒に見に行ってくださいませんか」
「王宮を抜け出してふたりきりで?」
「……そう、です」
「残念だが、祭りのあいだは多忙で時間が取れそうもない」
 セージは緑色の瞳をこぼれそうなほど大きく見開いた。それから、わなわなと身体を震わせた。
「ああ……もう! どうして、叶えてくれないのに、ねだれなんて言うんですか」
 面白いからだ。悔し涙を浮かべるのを見るとたまらなくなる。
「最終日の挨拶だけは見に行ってやるから安心しろ」
「余計に緊張します……! どうせ、笑いにくるんでしょう!?」
「それは今夜のおまえの態度次第だ」
 顔を近づけても、キスはしなかった。髪を撫でる以外にはふれずにいると、セージは徐々に顔を赤くして、目を細めて震え出した。
「黙っていないで、劇の話を聞かせろ」
「げき」
「おもしろかったのだろう?」
 耳元でささやくと、「ヒィイ……ムリィ、無理です!」と、死ぬほど色気のない悲鳴を上げた。
「だって胸が……ドキドキどころかドンドコしていて、あんまりドンドコドンドコしたら、し、死んじゃいます……! 服、脱いでもいいですか!?」
「脱ぐな」
「じゃあ、こっち見ないでください!」
 顔を背けようとするので、あごをつかんだ。
「私の視力が無かった時は平気だったはずだが?」
「あれは……っ、だって近づかなきゃあなたに気づいてもらえないから。今はもう目が見えるんですからだめです! 見られていると思うと恥ずかしい……!」
 服を脱ぐのには一切抵抗がないのに、なにをそれほど恥ずかしがるのか、まったくわからない。騒がしくて苛々してくる。
「そうだ、いいことを考えつきました!」
 セージが素っ頓狂な声を上げた。身をよじって青の王の腕から抜け出すと、腕を伸ばして床に置いてあった布を拾い上げた。
 葡萄酒の瓶をくるんでいた大きな布だ。セージは長椅子の隅で正座して、布を細長く折りたたむと、自分の目の上にあてた。頭のうしろで布の両端をきつく縛ってから、青の王を振り向いた。
「これなら、ジェント様が見えないから恥ずかしくないはずです!」
 目隠しして得意げになるセージを前にすると、もういっそ、望み通りに服をはいで、寝室に押し込めたほうがいい気がしてくる。どうせ、優しくしたところでセージは自分の考えを改めないし、恋人のように扱おうとしている青の王の考えも伝わらないだろう。
posted by eniwa at 00:00| トリロジー