2017年05月17日

第二部 黒の王 -26-

 青の宮殿の術師が、どんな術をかけたのかはすぐにわかった。
 アジュールが別人と入れ替わっているという、信じられない光景を目の当たりにしたからだ。まるで、前から自分が王であったかのように振る舞っていたのは、青の宮殿の近衛隊長だった。
 顔立ちが似ているくらいで、ひとめで別人だとわかったが、その場では指摘しなかった。私とオブシディアン以外の誰もが、近衛隊長をアジュールだと信じ切っていたからだ。
 そんな状況で別人だと騒げば、私の頭がどうかしていると思われてしまう。術にかかっているふりをしながら、あの夜、青の宮殿で何が起きたのかを調べ始めた。上手く使えば、青の王の弱味を握り、パーディシャーの地位を取り戻す足掛かりを作ることができるかもしれない。
 あたりが薄暗くなる時刻に、部屋から侍従を追い払った。
 オブシディアンとふたりだけになった。お互いに無言で、届けられたばかりの調査書に目を通していた。オブシディアンは没頭しているようだったが、私は部屋の奥からかすかに漂ってくる甘いにおいのせいで、集中できなかった。
 部屋の奥は隣の寝室につながっており、扉は無い。甘いにおいは、侍従が寝室に焚きしめた香のせいだった。
 レドと寝る時は寝室を使っていたので、侍従はいつも通りの仕事をしたに過ぎないが、一緒にいるのはレドではなくオブシディアンだ。同じ男であっても、私の中では別人だ。
「セーブル、よろしいですか」
「な、なんですか!?」
 声が上ずってしまった。オブシディアンは驚いたように動きを止めて、軽く首を傾げた。
「すみません、驚かせてしまいましたか」
「……いえ、没頭しすぎていたようです。なにかわかったのですか?」
 つとめて冷静に、むしろ冷たく聞こえるくらいの声音で返事をした。心の中で、落ち着けと自分に言い聞かせた。
 オブシディアンの記憶が戻った時に、泣くほど取り乱してしまった。青の宮殿の『声』の術師に、術をかけられるという異常事態だったとはいえ、二十代半ばを過ぎた大人のやることではなく、思い出すと顔から火が出そうになる。
 オブシディアンは手元の紙に目を落とした。
「気にしていらしたヴァート王の件ですが、あの夜、賢者との会談していたのは間違いないようです。ただ、会談の場所は王宮の外にある緑の宮殿ではなく、研究所だったのではないかと」
「なるほど、研究所……それなら王宮内にありますね。やはり『声』をかけられたのは、王宮にいた者だけということですか。ヴァートが私のように術にかかったふりをしているだけならば、証人として使う手立てもあったのですが……」
 ため息をついた。
「肝心の『声』の術師も行方知れずですし、弱りました。そもそも、アジュールが術師を囲っていたなどという話は、これまで聞いたこともなかったですから、あとはどこを調べればいいものか……いっそ、直接アジュールを問いただしたい気分です」
「アジュール王も『声』の術師に操られている可能性はありませんか?」
「……自分でも青の王だと信じ込んでいるということですか? そうか、先に確認しておかなくては、交渉どころではありませんね」
「それから、もしかしたらひとりだけ、『声』をかけられなかった者がいるかもしれません」
「誰ですか!?」
 意気込んで尋ねると、オブシディアンは「スクワルです」と答えた。
「結婚式のために郷里に帰っていたという話が上がってきています。その通りなら、あの日はちょうど王宮にいなかったはずです」
「……スクワルですか」
 間諜として送り込んだのに、アジュールに寝返った男だ。青の近衛の副隊長をしており、こちらに寝返らせるのは骨が折れそうだ。
「結婚したばかりだと言いましたね。スクワルの郷里に兵を送って、妻になった女を調べさせてください。いざという時に人質として使えるかもしれません」
 他にも気になる情報が入ってきていた。あの夜、パーピュアは青の宮殿へ行っていて、その上、戻ってきてから数日のあいだ、昏睡状態が続いていたという。
 パーピュアがアジュールと会っていたのなら、なんらかのかたちで事件に巻き込まれたのかもしれない。考えられる可能性について意見をかわしていたが、きりのついたところで、オブシディアンが席を立った。
「もう行くのですか? 新しい茶でも用意させますか」
 オブシディアンはためらってから、「兵に追加の調査を依頼してきます。少しでも早い方がいいでしょうから」と答えた。
「……そうですね。お願いします」
 そっけなく答えると、オブシディアンはいなくなった。突っ伏して、こぶしで机を叩いた。彼の前では表情を変えないように耐えていたが我慢も限界だ。
 話し合いの場所に執務室ではなく自室を選んだことで、気づいてもらえるものかと思っていたが甘かったようだ。レドを寝室に誘うのは簡単だったのに、オブシディアンを前にすると上手く言葉が出てこない。抱いてほしいなんて、はしたないことは言えない。
 レドの記憶があるのだから、察してくれてもいいのに。それとも、私が無駄に緊張して、近寄りがたい雰囲気を出しているせいだろうか。
「いや……待て」
 この程度のことをためらっているほうが、よほど恥ずかしいのではないだろうか。オブシディアンだって、レドとして暮らしていた記憶を取り戻したばかりで、戸惑っているのかもしれない。
 ここは私から誘いをかけてやったほうが円満におさまるはず――だが、また取り乱してしまいそうで踏み切れなかった。オブシディアンの身体にふれたら、自分がどうなってしまうのか想像もできない。なにをされても喜んでしまいそうで怖しい。
 だからと言って、胸の奥がむずがゆくなるような思いを、いつまでも抱えているのはつらい。きっと、寝てしまえばこんなふうに悩むことも無くなると、自分に言い聞かせて、オブシディアンのあとを追った。
 オブシディアンの部屋までやってくると、中からよく知った声が聞こえた。乱暴に扉を開けて出てきたのはファルコンだった。
 ちらりと私を見て、「夜這いか?」と嫌味っぽく言った。
「せっかく、怪物の記憶が戻ったんだから……寝ることばかり考えていないで、もっと上手くやったらどうだ」
 いまだに身体の関係に持ち込めていないことを揶揄されているのかと思い、尖った声で「貴方には関係ありません」とはねつけると、ファルコンは舌打ちした。
「そんな態度だから、あいつはおまえを……」
 言いかけて言葉を切った。
「なんですか? オブシディアンがなにか言ったのですか」
 ファルコンは「なんでもねえよ」と、視線をそらしてその場を立ち去った。開いた扉から中をのぞくと、椅子に腰かけていたオブシディアンと目があった。
「セーブル……! 私たちの話を聞いていたのですか」
「今、来たところです。中に入りますよ」
 一歩進み出て、背中で扉を閉めた。頭の中では誘いの文句をいくつも考えていたののに、いざとなると言葉にできなくてうつむいた。
 オブシディアンは椅子から立ち上がって、私の前までやってきた。
「明朝、お話を伺いにまいります。夜も更けてきましたから、今日のところはお部屋にお戻りください。私がお送りします」
 扉を開けようとするので、腕をつかんだ。意を決してオブシディアンを見上げた。
「わかりませんか? 話などしに来たのではありません。さっさと寝台へ連れて行ってください」
 腕を引っぱって顔を近づけた。キスをねだると、手首をつかまれて引きはがされた。オブシディアンは苦し気に言った。
「セーブル、お願いです。私を誘惑するのはお止めください」
 ふと気が付いた。
「その気にならないのですか……?」
 恐る恐る、自分の身体を見下ろした。
「貴方に抱かれていた時より歳を取りました。身体も成長して見た目も変わってしまったから……貴方が好きだと言ってくれた、かわいいと言ってくれていた私と同じだとは、もう思えないのですか?」
 自分で言いながら絶望した。オブシディアンが黙り込んだところを見ると、的外れではないのだろう。意図的に避けられていたとは思いもしなかった。拒まれるなんて想像もしていなくて、ひどく狼狽した。
「ですが……貴方は変わってもいいと言ったはずです。ヒゲが生えたって、変わらずに私を好きでいると言ってくれたのに……!」
 十数年前の台詞を持ち出すなんて、ずるいとわかっていたが、止められなかった。オブシディアンは覚えていないかもしれないが、すがれるのはその言葉しかなかった。ほんのわずかな隙に付け込んででも、オブシディアンの気持ちを変えたかった。
「抱いてくれなくてもいい。せめて、夜のあいだだけそばにいてください」
 両手を伸ばして、オブシディアンの顔を包んだ。引き寄せてくちづけると、密着している身体がかすかに震えた。私も震えていた。たかがキスで、こんなに胸が締め付けられるなんて思わなかった。
「貴方が好きなんです」
 ほおをなでて、またくちづけた。足元にすがってもでも抱いてほしかった。
 扉に頭を押しつけられて、舌で口内をまさぐられると息が止まりそうになる。オブシディアンの腕が腰にまわり、強く抱きしめられた。やっと、帰ってきたのだと実感できた。私の怪物が帰ってきてくれた。
 我慢できなくて自分から服の帯を解いた。オブシディアンの顔をまともに見られなかったから、もたついてしまった。
 ゆるんだ服の隙間から、オブシディアンの手が入ってきた。恐々した手付きで私の肌をさわって、泣き出しそうな声で「キミに、さわれる。この手だったら……」と言った。
 腕に抱き上げられて、寝台に運ばれるまでの短い時間さえもどかしかった。彼のフードを外して、頭に何度もくちづけながら「早くして」と頼んだ。
 抱いてもらえる期待で、どうしようもなく興奮していた。寝台に押し倒されて、服をはぎ取られる。荒い息を吐く男の背に腕をまわした。
「セーブル、かわいい」
 耳元でささやかれると、恥ずかしくて死んでしまいそうになる。誰と寝ても、相手がレドだってこんな気持ちにはならなかった。欲しかったものがようやく手に入ったような気がして、嗚咽が漏れた。
 歯をくいしばって甘えそうになるのを耐えると、脚を開いた。
「準備は、してありますから早く埋めて」
 オブシディアンが困ったように「だめだ、慣らしておかなくてはキミを傷つけてしまう」と躊躇するので、耐えきれなくなって怒鳴った。
「どれだけ焦らしたら気が済むのですか!? 貴方の記憶が戻った時からしてほしくて、今日だって、ふたりきりならしてくれると期待して……馬鹿みたい」
 太ももを勢いよく持ち上げられた。肩に担がれるのかと思ったのに、もったいぶるように肌をなでて、足の裏側までなぞられた。オブシディアンは薬でやわらかくなったてのひらを喜んでいるようだったが、私は手首の内側のうろこのように硬い皮膚で、肌をこすられるほうが興奮した。
 湯浴み場で、今日こそオブシディアンがその気になるかもしれないと、ねんいりに準備をした。むなしくて、うれしかった。ほぐしてあった小さな穴に突き刺されて、衝撃に声を上げた。
「あ……っ、やあ……」
 動きそうになった腰を押さえつけられる。強引に深く差し込まれて、オブシディアンの腕に爪を立てた。痛いはずなのに、もっとして欲しかった。
「もっと奥に……入れて、貴方を全部教えて」
 むしゃぶりつくようにくちづけられると、腹の奥の痛みもかき消えた。それしか知らないように、身体の内側が、埋め込まれた男の性器を求めて絞り上げた。おぼつかない手つきで、オブシディアンの首元の留め具を外した。
 黒の神獣の模様は、私の噛み痕でひきつれていた。急にひどいことをしてしまったような気がして、猫みたいに舌先で何度も舐めた。オブシディアンは私のほおを優しくさわってから、手の甲でのどを撫でた。
 そういえば、彼は猫を可愛がっていた。猫だったら、のどを鳴らしてしまいそうなほど気持ちが良くて目を閉じた。
「セーブルが……キミがいてくれればなにもいらない」
 ぐずぐずになっていた脚のあいだを、目いっぱいにまで広げられた。速い動きで抜き差しされて、背筋に快感が駆け上がってくる。
「いやあっ、だめ、そんなにしたら……!」
 気持ちがいいところを知りつくされているのに、容赦なく奥を責められた。揺さぶられて、足先まで痙攣する。腹の中が怖いくらいに熱くて、こらえきれずに涙をこぼした。
「ひ……ああ、あぁん」
 だらしない声を漏らすくちを、両手で押さえた。それでもオブシディアンは動きを止めてくれず、追い詰められて息が苦しくなってきた。思わず敷布をつかんで上に逃げようとした。
 繋がっているところに少しでも余裕を作りたかったけれど、逃がしてはくれなかった。うつぶせに押さえつけられて、腰を打ち付けられた。
「んう……っ!」
 角度が変わって、弱いところに先端を押しつけられる。奥歯を食いしばらなければ、みっともない悲鳴を上げてしまっていただろう。後ろをかき回されて、ぐちゃぐちゃといやらしい音が耳の奥まで犯そうとする。
 射精感もないのに、性器からはとめどなく白濁がこぼれた。太ももを濡らすほどの量で、情けなさにまた泣けてきた。
「オブシディアン……!」
 無理に後ろを振り向いた。
「前から……貴方の顔を見ながら、してもらえませんか。もっと乱暴にしてもいいですから、お願い」
 あごをつかまれた。苦しい態勢でも、求められるままキスに答えた。オブシディアンは自嘲するような笑みを浮かべて、「もっと、乱暴なやり方が好きなのはセーブルのほう?」とささやいた。
 背筋がぞくりとした。見抜かれて、浅ましさを見破られて、とびきりいやらしいことをされてみたかった。私の愛した怪物が、どんなふうに乱れるのかを見ながら、果ててみたかった。
「キミにはずっと、敵わない」
 オブシディアンは熱に浮かされたように、ゆるりと微笑んだ。腹の下に手を差し入れられて、体勢を変えられた。両脚をオブシディアンの背中に巻き付ると、ゆっくりと内臓を押し上げられる。とてつもなく苦しくて、気持ちが良かった。自分で望んだのに、気持ちが良すぎて片腕で顔を隠した。
「かわいい顔を見せて」
 腕をはがされて、ひたいだけではなく、顔じゅうにキスされた。いつ射精してもおかしくないくらい、下肢がしびれて、両ひざを擦り合わせた。深呼吸するとオブシディアンの頭を引き寄せて、ただれた耳に息を吹きかけた。
「ここが一番、気持ちがいいところです。突いて、いかせてください」
 逃がさないように頭を抱きしめると、腰を持ち上げられた。くちづけられながら、弱いところを擦られて目まいがした。
「ここ?」
 ほおを摺り寄せられて、「そう、そこ……は弱くてすぐに」としがみついた。
 射精しそうだった性器をきつく握りしめられた。もっと奥の、つらいだけのところを抉られて身体が強張った。硬いものでこじ開けられたせいで、とっさに声すら上げられなかった。
 てのひらを重ねられて、指を握りしめられた。一本一本からめるような甘いしぐさに気を取られていると、バチンと音を立てて腰を打ち付けられた。
「ひっ……! ひ……あ」
 薄い皮ふの下に収まっている男のものを確かめるように、腹を撫でられた。ぞわりとした快感がわき上がってきて、身をよじった。すぐに元の体勢に戻されて、最奥を突かれた。レドと寝た時だって、されたことのない場所まで犯される。
 頭のてっぺんまで響くような衝撃に貫かれて、身もだえしていると、さらに追い詰められた。
「ああっ、ああん、まだ……!」
 いきたくないのに、容赦なく責め立てられて嬌声を上げた。自分で内壁に塗りこめておいた潤滑油が、オブシディアンの動きに合わせて、恥ずかしい音を立てるのがいたたまれない。こんなの、痛いほうがましだった。
 激しくしないで欲しくて、太ももを擦り合わせて動きを止めようとした。片足の足首をつかまれて、胸につくほど深く折り曲げられた。
「セーブル、まだ嫌?」
 奥まで突き刺されて、のどがひゅっと鳴った 高い塔から突き落とされるような心地がした。
「は……うあ……ぁ……いく」
 気を失いそうなくらい気持ちが良くて、奥歯を噛みしめながら達した。気を失いそうなほどの浮遊感におののいて、オブシディアンの肌をひっかいた。頭を抱きしめてもらいながら、幸福感の中で意識を失った。
 

 目を開けると、窓から朝陽が差し込んでいた。裸の胸にはオブシディアンの腕が覆いかぶさっていて、あたたかくて重い感触に、自然とほおが緩んだ。生まれてこのかた、感じたことのないほどしあわせな気分がわき上がってきた。 
 床にはオブシディアンの仮面が落ちている。昨夜、私が投げ捨てたものだ。仮面に向けて腕を伸ばした。距離があったにも関わらず、手を動かすと仮面はゆっくりと浮かび上がった。
 軽くてのひらを握りしめると、仮面は見えない力で押しつぶされて破裂した。
 全身にみなぎる力を感じて鳥肌が立った。初めてオブシディアンと寝た時と同じだけの力が、戻っていた。振り向くと、オブシディアンは目を見張っていた。私は誇らしくて微笑んだ。
「やはり、貴方がいれば無敵です。見ていてください、アジュールからパーディシャーの地位を取り戻してみせます」
posted by eniwa at 00:00| トリロジー