2017年02月20日

第二部 黒の王 -12-

 身体のあちこちが痛くて、起きるのがつらい。抱かれている最中は『声』で痛みを忘れていたが、効力が消えればこうなるのか。次からは気をつけよう。
 目の前でオブシディアンが静かに眠っている。胸元には黒の神獣のしるし。羽のティンクチャーではないので黒の姫とは認められない。だから、彼のしたことは無意味だったが、それでも私はうれしかった。
 起こさないようにそっと頬を撫でた。
「ずっと貴方を閉じ込めることになっても、私がそばにいます」
 慕ってくれる彼に応えたい。彼に不安を感じさせないように、庇護者として頼れるところをみせなくてはならない。それに、あんな−−あんな痴態は二度と見せないようにしなくては。
 昨夜のことを思い出して、冷汗がどっと吹き出た。オブシディアンに拒まれていると勘違いして泣いたあげく、途中から羽のティンクチャーを忘れるくらい、気持ちが良くなってしまうなんて。
 声で操られたのだから仕方ない。そう思い込もうとしても、男のくせに尻に挿入されて、はしたなく悶えてしまった事実は変わらず、敷布を握りしめた。
「うぅ、つらい……」
 胃が痛い。オブシディアンも時間が経って冷静になったら、私の醜態に呆れてしまうのではないだろうか。
 一刻も早く、彼の記憶をまともな思い出で塗り替えたい。次こそは馬鹿みたいに喘いだりせず、毅然とした態度で、王の威厳を保たなくては。
 目の端でふわりと、なにかが動いた。
 バルバトだった。床に置いてあったはずの楽器が、宙に浮かんでいる。
「……え?」
 目を疑い、慌てて上体を起こした。他の楽器も画集も、籠に盛られた果物も、空になった籠さえもすべてが宙に浮かんでいる。
 信じがたい光景を目にして、つばを飲み込んだ。
 恐る恐る手を伸ばして、上空を漂っていた瓶をつかむ。握りしめると、ひとりでに蓋が開いた。弾けるように、中に詰めてあった菓子が飛び出した。
 ぱらぱらと落ちてくる菓子がオブシディアンの身体に当たって、彼は目を覚ました。部屋を見回してから私を見て、「すごい」と言った。
「すごい力だ」
「……貴方がやっているのではないのですか?」
「前のシャーが言っていた。『黒の獣』の能力を持つ者は、相手の力を奪って自分の力を強くできる……私にはその力がないと言っていた。だからこれは、キミの能力だ」
「私の能力……?」
 空の瓶を見上げて、手に力を入れた。
 軽く握っただけだったのに、パンと乾いた音がして瓶は粉々に砕けた。細かく割れたガラスが火筒の光を反射して、オレンジ色に輝いた。
「まさか……」
 バルバトに向かって手を伸ばした。離れたところで浮かんでいるバルバトを見ながら、手を引いた。まるで糸で繋がっているかのように、バルバトが飛んできて私の手に収まった。
 手をふれずに物を動かせる。これはレイヴンと同じ能力で、間違いなく術師の能力だ。全身が総毛立った。
「は……あはは。こんなことが起こるなんて!」
 神の力を手に入れた。
 身震いするほどの感動に包まれる。それは、黒の王になった時の喜びがかすんでしまうほど、鮮烈な衝撃だった。そして雷が落ちたように、閃いた。
「いいですか、オブシディアン。これは私の力ではなく貴方の能力です。私が力を奪ったのではなく、貴方が私に力を与えたのだと、誰に聞かれてもそう答えなさい」
「……私の能力ではない、のに?」
「ええ、貴方を自由にするためです。これからは侍従ではなく、『他者に力を与える能力』を持つ黒の術師として生きてください」
 オブシディアンは戸惑ったように私を見つめた。


 レイヴンとファルコンを執務室に呼び出した。
「先日、オブシディアンが襲われた一件ですが、犯人の目星はついています。貴方がたも心当たりがあるのではありませんか?」
 レイヴンは表情を変えなかったが、ファルコンは焦ったように一歩進み出て、「犯人がわかっているなら、さっさと捕まえて処罰すればいいだろう!」と言った。
 私はファルコンを無視して、レイヴンを見つめた。
 王になってからもレイヴンを『あにさま』と呼んで、慕っていた。しかし、彼は今はもう敵だった。私は敵に対抗するすべをようやく手に入れた。
「レイヴンなら調べがついていますね? 私は側近の中の誰が犯人であっても、これまでの功績に免じて、一度目の愚行は水に流そうと思っています。しかし、二度目はないと犯人に伝えてください」
 他に犯人がいるような言い方で猶予を与えると、レイヴンも他人事のように返答した。
「私に説得できなければどういたしましょう。襲撃犯はシャーの御身を案じているのかもしれません。あの侍従は、いつ牙を剥くかわかりません。犯人が脅威を排除したいと考えるのも理解できます」
 私は隣室に声を掛けた。
「来なさい、オブシディアン」
 隣室に待機していたオブシディアンがあらわれた。いつものようにフードを深く被っているが、胸元だけは開けるようにと命じてあった。黒の神獣の模様を目にしたレイヴンは、眉をひそめた。
「そのしるしは……?」
「私のものだというしるしです。彼は羽のティンクチャーが出ない体質ですが、これがあれば、黒の姫と同じようにみだりに触ってはいけない者だとわかりやすいでしょう」
 ファルコンは驚愕した顔で「黒の姫と同じ……って!?」と叫び、オブシディアンを指さした。
「おい、冗談だろ。まさかおまえ、そんな気色悪い怪物と寝たのか!?」
 私は黙って片手を上げた。
 机の上に置かれていた、封書を開けるための小さなナイフがふわりと浮き上がった。手を振ると、ナイフはファルコンの顔に向かって一直線に飛んだ。
 レイヴンが剣を抜いた。素早い動作で、飛んできたナイフを剣で弾き飛ばした。ファルコンは呆然と、床に落ちたナイフを見下ろした。
 私はわざとらしく驚いた顔をして、レイヴンを見た。
「能力を使ってナイフを止めるかと思いましたが、剣を抜くとは意外でした」
「シャー……今の力は……」
「オブシディアンは、他者に力を与える能力があります。私の力は彼にもらいました。この力があれば、前王のように畏怖と尊敬をもって臣下を従えることができます。犯人はきっと、私の王としての立場を思ってオブシディアンを引き離そうとしたのでしょう。能力を維持するには彼が必要です。そう説明すれば、彼を私から奪うことがどれほど愚かなのか、理解してもらえるはずです」
 レイヴンはオブシディアンが声の術師だと知っている。だが、複数の能力を持つ術師は多くいるので、オブシディアンに『他者に力を与える能力』が無いとは言い切れないはずだ。
 今まで私には能力の片鱗もなかった。それが、嘘を裏づけるのに役立っていた。
「伝えておいてください。頼みましたよ、レイヴン」
 オブシディアンを連れて執務室から出ようとした。ファルコンの横を通り過ぎる時に、彼を睨んだ。
「次にオブシディアンを怪物と呼んだら、貴方を殺します」
 執務室を出る。情けないことにしばらく歩いたところで、ひざから力が抜けてよろけた。レイヴン相手に取引するなんて、以前なら考えもつかなかったことで、平静を装えたのが不思議なくらいだ。
 オブシディアンが慌てて抱きとめてくれた。
「私の声、震えていませんでしたか?」と尋ねると、彼は首を横に振った。
「シャーは、強かった」
「そう見えていたなら良かった……これでレイヴンたちが引き下がればいいのですが」
 オブシディアンが執務室を振り向いた。じっと見つめるその横顔が、あまりに険しかったので、不安に思っているのかと思い、安心させるためにそっと彼の腕にふれた。
「もう大丈夫ですよ。私はようやく、貴方を守る力を手に入れました」
 私はオブシディアンを閉じ込めていた部屋の鍵を外した。
 前のように私の部屋でふたりで過ごすようになった。初めのうちは部屋にひとりで置いておくのが心配だったが、何事もない日々が続くうちに不安感は薄れていった。
 私の能力はしだいに側近たちの知るところになった。
 側近は以前よりも従順になり、私を見る目も変わった。黒の宮殿は術師の力で栄えた歴史があるため、王にも術師の素質を求めていた。
 彼らの期待に応えるだけの能力を得て、私はようやく長年の劣等感から解放された。
 手を触れずに物を動かすという能力を、政務に生かす場面はもちろんなかったし、東方の問題が片付いたわけでもなかったが、新しい力は私にゆるぎない自信を与えた。身体に力が満ちて、なんでも出来るような気がした。
 前王が死んでからぎくしゃくしていた黒の宮殿は、以前のような落ち着きを取り戻していった。
「オブシディアンのおかげですよ」
 彼の手を両手で握りしめ、薬を塗りながらそう言った。
 部屋にはふたりだけで、寝台の上で向かい合っているのに、オブシディアンはまるで叱られているかのように正座し、身体を強張らせている。
「貴方、聞いています?」
「……私はなにも、していない」
 緊張した声で答えるので、意地悪したくなる。
「つれないですね。それじゃあ私は、誰に抱かれているんです? こうして脚を開いて、誰に泣かされているんでしょうね?」
 オブシディアンの太ももの上に、膝を乗せた。彼は気まずそうに顔をそらした。
「力が使えるようになったのは、キミ自身の力だ……相手は私ではなくても、他の術師でも……いいはずだ」
 拗ねたような口調に胸が高鳴った。手を離して、かわりに彼の顔を両手でぺちんと挟んだ。膝立ちになって近づき、彼を見下ろした。
「ええ、力を得るためだけなら相手は誰でもいいです。だから、貴方じゃなきゃだめだって、もっと私に思わせてください」
「私じゃなきゃ……だめ?」
「鈍いひとですね。貴方としかしたくないと思うくらい、気持ちよくしてくれたら、他の相手と寝るなんて考えられなくなると言っているんです。そうしたら、私をひとりじめできますよ」
「……ひとりじめ」
 オブシディアンはご馳走を前にしたように、ごくりとつばを飲んだ。無防備なのどぼとけを、指でなぞってやる。手に残っていた薬のせいで、ぬるりとした感触だった。
「くちを開けなさい」
 命じると、従順な男は疑いもせずくちを開けた。ひとさし指を口内に入れると、さすがに身体を硬直させた。指先で舌に触れると、なまあたたかい。
 苦しそうな声を出すので、上あごをなぞってやると、オブシディアンはすがりつくように私の腰に抱きついた。背徳的な遊びにぞくぞくした。指を抜いて尋ねた。
「私の指は美味しかったですか?」
「……まずい」
「ひどい言いぐさですね」
「薬の、味……舌が焦げているみたいだ。ぎしぎしする」
「それは『苦い』というのですよ」
 私は笑いをかみ殺しながら、「口直ししてあげます」と顔を近づけた。
 キスすると、たしかに薬の味がして美味しくなかったが、かまわずに舌を絡めた。抱きつく力が強くなった。身動きできなくされて、舌を吸われると声が漏れた。
「ん……んん」
 思わず下肢が反応してしまいそうになって、顔を離した。
「はあ……貴方、舌だけは私よりもやわらかいですね」
 オブシディアンは困ったような顔をしてから、そっと私の頬を舐めた。
「ここ、まだ治らない?」
 前に抱かれた時に、肌が擦れて傷つきかさぶたになっていた。
 獣が傷を癒すように、何度も舐められる。可愛らしい仕草だったので止めずにいると、頬だけではなく耳の後ろまで舐められた。舌が首筋をなぞって、鎖骨までねぶる。
 新しい遊びをおぼえたばかりのように、執拗に肌に吸い付かれておかしな気分になってくる。甘い声を出さないようにするのがつらくて、オブシディアンを制止した。
「ほら、もう舐めるのは終わりですよ」
「どうして。やわらかいのなら、キミにさわれる。もっとさわりたい」
 切実な声で頼まれて、「舐めなくても、手でさわっていいんですよ。大した傷にはなりませんから」と答えた。
 オブシディアンは拒否をあらわすように、沈黙した。私の胸に顔を擦りつける。
 胸元の留め具を外して、肌をあらわにすると、オブシディアンは引き寄せられるように、私の胸を舐め始めた。
 舌はやわらかく、ねっとりしていた。直に肌をさわられるのは初めてで、手でさわられたこともないのに、舌先で乳首をいじられて、くすぐったさに震えた。
「あ……!」
 声を上げてしまうと、しつこく突起を押しつぶされる。逃げようと身体を反らすと、腰にまわっていた腕の力が強くなった。自分でさわったこともないところを、オブシディアンに暴かれるのが恥ずかしかった。
「そこはだめです」
 頭を押すと、ようやく止めてくれた。わき腹やへそのまわりを舐められているあいだも、胸のあたりがじわりと痺れていて、未練がましさに泣きたくなった。
 下着の上から、顔を押し付けられて我に返った。いつの間にか、下着を押し上げるくらいに勃起していて、布越しに優しく噛まれた。
「ひっ……」
 刺激に身をすくませる。痛くはないが、くちで揉まれると快感にがくがくと震えた。
「ここも舐めたい」
「なにを……だめに決まっているでしょう!」
 叱ったのに、強引にあごで下着をずり下げられた。勢いよく性器が飛び出して、オブシディアンの顔に当たった。羞恥のあまり目まいがした。
「退きなさい!」
 舌を這わされただけでさらに硬くなったのに、ためらいなく口内に含まれて悲鳴を上げた。彼のくちの中は、指でいじった時よりも熱く感じられた。舌が性器にまとわりつき、とろけてしまいそうだ。
posted by eniwa at 00:00| トリロジー