2017年02月10日

第二部 黒の王 -10-

 王が抱いた相手には羽のティンクチャーがあらわれる。王の所有物だという証拠であり、たとえ他の王であっても手出しはできない。
「羽のティンクチャー?」
 オブシディアンはきょとんとしていた。私は寝台に乗ると、人差し指でオブシディアンの鎖骨の真ん中にふれた。
「紫の姫の胸にあった、あのしるしと同じものです。私が抱けばここに黒い羽があらわれます。そうすれば、誰も貴方を傷つけられなくなります」
「……ここ、に?」
「そうですよ。たしか、しるしは四十日で消えてしまうので、定期的に抱かなければいけないのですが……四十日に一回くらいなら我慢できませんか?」
「なにを、我慢?」
「私にさわられることを」
 鎖骨を撫でると、オブシディアンはぎょっとしたように後ずさった。
「だっ、だめだ!」
 オブシディアンの肩をつかんで、寝台に押し付けた。逃げられないように、腹をまたいで覆いかぶさる。長い髪の先がはらりと、オブシディアンの頬を撫でた。
 髪の感触を嫌がるように、とっさに顔を背けたので、私はその仕草に少し傷つきながら、髪を耳に掛けた。
「怯えなくとも、ひどくはしませんよ。しるしが浮かんできたらすぐに中断しますし……とはいえ、私も経験がありませんから、心配ならよそで女を抱いて練習してきますが。ああ、貴方を抱くための練習なら、女では無く男のほうがいいでしょうか?」
「えっ……だめだ!」
「聞きわけなさい。もう、これしか方法は無いんです。貴方だって、一生この部屋に閉じ込められたくはないでしょう」
「いいっ! シャーがさわるなら、それよりいい!」
 オブシディアンは怯え切った声でそう叫んだ。
 ずしりと身体が重くなった。まるで、石でも背負っているような気がした。胸の奥からオブシディアンを罵倒してしまいたい気持ちがわいてきて、口元を押さえた。
「……そんなに嫌なら、仕方がありませんね」
 寝台から降りた。
 どうして、私はこんなに落ち込んでいるのだろう。オブシディアンの拒否は予想がついたはずだ。身体に薬を塗って、彼を辱めた時からわかっていたはずだ。
 わかっていなかったのは、舞い上がっていたからだ。
 素晴らしい案を思いついたことに。そして、この案ならばオブシディアンにさわれると、直観したからだ。
 顔が熱くて、乱暴に腕でぬぐった。恥ずかしい。もうずっと、さわるなと言われ続けていたから、言い訳ができたことを喜んでしまった。死んでしまいたいくらいみじめで恥ずかしい。
「……シャー?」
 困りきった声で、気遣うように話しかけてくるのがわずらわしい。さわられるのが嫌なら、そんなふうにすがらないでほしい。
 もういっそ、オブシディアンに嫌われたかった。私にだけは心を許していると思うたび、勘違いしてしまいそうになる。私がさわりたいと思うように、彼も同じ気持ちになってくれるのではないかと、期待してしまう。
「安心しなさい、もう二度とさわりません」
「……泣き、そうだ。どうして泣く?」
 不思議そうに言われて、ぶわりと涙があふれた。
 身の安全がかかっているのに、さわられるほうが嫌だとまで言われて、どうして私が傷つかないと思うのだろう。逆恨みのように、彼が憎らしく思えてきた。
 オブシディアンは焦ったように寝台から身を乗り出し、手を伸ばして私の頬をぬぐった。
「貴方からさわるのは平気なんですね」
 思わず嫌味を言うと、オブシディアンはさっと手をひっこめた。寝台にひたいを押し付けるように、深く頭を下げた。
「すまない、気をつける」
「そんなことは言っていません! 自分からさわれるならどうして……」
 オブシディアンの後頭部を見下ろして、あることに気づいた。ただ、くちにするのには迷いがあった。もうこれ以上、拒絶されたくないという恐怖で身がすくんだが、言葉を絞り出した。
「貴方からさわるのは平気だというのなら、貴方が私に挿入すればいいのではありませんか? それなら、接触は少しで済むはずですし、不快な思いもさほどしないでしょう」
「……そうにゅう?」
「先ほどからずっと、その話をしているんでしょう!? 『抱く』ってなにをすると思っているんですか」
「抱く……」
 怒鳴ってから気が付いた。そういえば、ずっと地下牢で育ったのだから、性的な知識もなくて当然だと思い直した。
 もしかしたら、私にさわられるのを拒んでいたのは、私のことが嫌なのではなく、自分の身体の変化に戸惑っていただけなのかもしれない。そう気づいたら、さっきまでの絶望感がやわらいだ。
 ちゃんと説明してやれば、オブシディアンも私を拒まなくなるかもしれない。思わず笑みを浮かべそうになってしまう。
 しかし、オブシディアンは勢いよく首を横に振った。
「抱くの、だめだ。キミはあの女じゃない」
「……は?」
 目の前が真っ暗になった。
「あの女、とは……? 地下牢での話ですか」
 オブシディアンは話しづらそうにぼそぼそと答えた。
「シャーが……キミじゃない方の、シャーが。声の力、術師と寝たら強くなるから試せと。何度かして、効果がないと、怒っていたけど」
「……相手は誰だったのです」
「知らない。女は、布で目を隠してた。私を見たら怖がる……」
 身体が震えそうになって、自分の二の腕をぎゅっとつかんだ。
「それなら……女にしたことを、私とするだけで」
「キミには、絶対にしない!」
 足元から崩れ落ちそうになる。
 祖父に強要されたとはいえ、知らない女とは性交したのに、私と同じことはできないと言っている。抱くという意味を知っていて、私を拒否している。こんなの、説得できるはずがない。
 へたりと床に座り込んだ。オブシディアンは馬鹿だ。私を受け入れなければ、一生、部屋から出られなくなるのに。
 そんなのはいけない。檻から出してやると約束した、私には責任がある。
 もっと権力があれば、他にも方法があったかもしれないが、今はこれしかできなかった。彼の信頼を失っても、四十日に一度しか会えないほど嫌われても仕方がなかった。
「ここに立ちなさい」
 私が床を指さすと、オブシディアンは硬直した。けれど、私の迫力に怯えたのか無駄な抵抗はせず、寝台から下りて私の前に立った。
 帯を引き抜きながら立ち上がると、彼の背後にまわった。
「両腕を背中にまわしてください」
「どうして……」
 オブシディアンが振り向く前に、彼の両手を帯で縛った。暴れてもほどけないように硬く結んでから、帯の端をつかんで引っぱった。
 彼はよろけて、寝台に倒れこんだ。
 私は寝台の上に立つと、さらに帯を引っぱって、寝台の四柱のひとつにくくり付けた。
「腕が痛いなら、もっとこちらへ来たほうがいいですよ」
 オブシディアンが驚愕した顔で、私を見上げていた。
 私は服の留め具を外した。全部脱ぐ必要はないと気づいて、下だけを脱ぐことにした。オブシディアンが私を見つめているので、これくらいでためらっている場合ではないとわかっていても、下着を脱ぐのは恥ずかしかった。
 普段なら上着の裾が膝くらいまであるから気にならなかっただろうに、こんな時に限って脚の付け根までの長さしかない。
 私は両手で服の裾を下に引っぱりながら、オブシディアンの前を歩いて通り過ぎ、寝台を下りた。
 戸棚からオブシディアンの大嫌いな薬の入っている壺を取り出した。
 壺を片手に持って、もう片方の手で服の裾を引っぱる。隠しきれていないとわかっていても開き直ることもできず、すり足で歩いて寝台に戻った。
 恥ずかしさを誤魔化すために、薬壺を寝台に叩きつけた。勢いで蓋が外れて、白くてどろりとした薬が布の上にこぼれた。
 寝台に乗ると、両手で薬をすくった。指の隙間からこぼれるのも構わず、たっぷりと手に塗り付けながら、身をすくませて座り込んでいるオブシディアンに、膝立ちで徐々に近づいた。
 彼の首をつかむ。
 薬を塗り付けるくらいしか、彼を興奮させる方法がわからなかった。首元の留め具を外して、鎖骨にも塗り広げた。爛れて黒ずんだ肌は、錆びた鉄のようにざらりとした触り心地だった。
 オブシディアンは嫌がるように身をよじって、後ずさろうとした。逃げられないように、彼の上に座った。太ももに尻をのせて、動けなくするために体重をかけた。
「じっとしていなさい。すぐに終わらせてあげま……えっ?」
 私は驚いて下を見た。足に当たっているのは覚えのある硬さだった。
「……貴方、本当はこの薬、ものすごく好きなんじゃありませんか? なぜもう勃っているのです」
「それはキミが! キミの脚が……」
「脚が?」
 聞き返すと、オブシディアンはとたんに無言になった。彼の太ももには私の脚が密着しているが、どう見ても生っ白いだけの足だ。女の胸でも無いのに、勃起する理由になるとはとても思えない。
「別にどういうのが好きでもかまいませんよ。むしろ、助かりました。そんなに好きなら、こちらにもたくさん塗ってあげましょう」
「いらない……! シャー、なぜこんなことをする!? キミにこんなこと……み、みだらな行為を、させたくない!」
「……みだらな……。どこで覚えたんです。その女に教えられたのですか?」
「それは、紫の姫が、言ってた。そこが勃つのは、みだらな行為をしたい、せいだと……」
 あの女。歯ぎしりしそうになる。オブシディアンに余計な知識を詰め込んだ女たちを、残らず恨めしく思った。
 オブシディアンの腰の留め具を外した。前をくつろげて、勃ち上がった性器をさわる。薬でぬるついた手でゆっくりこすると、硬さを増した。やり方が合っているようでホッとした。
 手を動かしながら、オブシディアンに顔を近づけた。
「気持ちいいですか?」
 嫌がっているのか、答えようとしなかった。そのかたくなな態度に心が痛んだ。肩を押して、彼を寝台に横たわらせた。
「こちらのほうが痛くないと思いますから、少しのあいだ我慢していてください」
 寝台の敷布をつかんで引き寄せた。
 転がってきた壺に手をつっこんで、薬をすくい取る。どろりとした薬を性器に塗ってから、腰を浮かせた。
 反対の手で尻の穴をさわると、広げるのは無理そうな小ささのような気がしてしかたないが、とにかく挿入さえすれば目的は達せるのだ。
 性器をあてがって、腰を落とした。ぬるりとした感触はあるが、中には少しも入っていかなくて焦った。何度も深呼吸してから、強引にねじ込んだ。
「い……っ」
 歯を食いしばって、痛みに耐えた。まだ先のほうしか入っていないのはわかっているのに、痛みが増すのが怖くて動けなくなる。内ももが震え出して、私はオブシディアンに気づかれないように手で押さえた。
 抜いたらもう二度と出来なくなりそうだったので、覚悟を決めて両脚を開いた。
 オブシディアンの腹に手を置いた。
「……服の上からなら、さわっていてもいいですか?」
 服を握りしめて、腰を進めた。みしみし音がしているような気さえして、全身から血の気が引いた。
 涙のにじんだ目で、オブシディアンの胸元を見た。黒いティンクチャーは見当たらなくて、嗚咽が漏れた。オブシディアンが身体を起こして、私の肩に顔をすりつけた。
「シャー、頼む、腕をほどいてくれ」
 切羽詰まった声で頼まれると、胸の中をくすぐられたような気がした。
「まだ……羽のしるしが出ていません。出るまではやめません」
 私は泣きながら、オブシディアンの肩にふれた。
 思い直して、すぐに手を離す。さわられたくないと言われたばかりだ。抱きつきたくて仕方なかった。オブシディアンからはさわっていいのに、私からはさわれないなんてずるい。
「さわりたい。オブシディアン、お願い……」
 頬にくちづけると、彼はこちらを見た。
「だめだ。さわられると、やめられなくなる。ずっと、キミにおかしなことを、してしまいそうで、怖かった」
「……おかしなこと?」
「今している。みだらな、こと」
 冷えていた身体が熱くなる。背中に手をまわしても、オブシディアンは嫌がらなかった。彼は私を拒んではいなかった。これまでずっといらない心配をしていたのだとわかって、心の底からうれしかった。
「シャー、許してくれ」
 頭の中が揺れた。手足から力が抜けて、水の中を漂っているような心地になる。耳元でまた何かをささやかれたが、ふわふわして聞き取れない。
 下半身の痛みが無くなり、かわりに快感が湧き上がってくる。
「なに……これ」
「痛くないように、声を使った」
「……声」
 身体が動かせず、自分のものではないような気がしてくる。それまで自分を縛っていた重圧から解放されたような心地がした。首元にかかる、オブシディアンの熱い息さえも気持ちが良くて、目まいがする。
「声を、使ってはいけません」
「すまない、痛がっているのを、見るのがつらい。今はふたりだけだから、許してくれ」
 懇願されて、頭がびりびりとしびれた。その支配力から逃れるために、必死に手を動かした。オブシディアンの背中に爪をたてて縋りついた。
「いけません……ぼうっとして、よくわからなくなります。せっかく貴方にさわれるのに、そんなの寂しい」
posted by eniwa at 00:00| トリロジー