2017年01月26日

第二部 黒の王 -4-

 カテドラルで王の会合が開かれることになった。
 進行はパーディシャーである私の務めだと聞いていたので、国内のすべての領土の状況は頭に入れていたが、他の王たちとは継承式で顔を合わせたきりだ。あれから半年が経っている。
 そもそも、宮殿の外で王として振る舞うのは初めてで、私は会合の数日前から緊張していた。レイヴンは私の緊張をくみ取ってくれていた。
「他の宮殿の政務に関わる判断を、シャーがなさる必要はありません。各領土の統治はそれぞれの王が行います。もしなにか許可を求められることがあれば、後日、黒の宰相を通じて返答するとお答えください」
「だが青の方の治める東方は、引き続き私が指揮することになるのだろう?」
「青の宮殿は特別です。しかし、少なくとも会合でアジュール王から何か尋ねられることはないでしょう。アジュール王は政務には関心がないと聞いています。大丈夫です、なにも心配することはありません」
 励ましにうなずいたが、それでも気持ちは落ち着かなかった。
 レイヴンはカテドラルまで付き添ってくれたが、会合の部屋には側近や侍従は入れない決まりになっている。
 天井が高く、調度品は大きな楕円形の机と五つの椅子だけで、ただでさえ広い部屋が余計に寒々しく感じられた。
 部屋にいた三人はなにごとか私の姿を見て、ぴたりと会話を止めた。みな、色違いの同じ型の服を着ており、それが会合に出席する際の正装だった。
 無言で見つめられて、息をのむ。動揺を悟られないように無表情を装って、自分の席に向かった。
 席に座る前に、彼らの顔を見回した。
「アジュール王はまだいらしていないのですか」 
 三人はやはり無言だったが、彼らの中で一番若い、緑の王がくちを開いた。
 ヴァートはまだ二十代だが、髪を剃っているためか、それとも自信に満ち溢れた表情のためか、もっと年上に見えた。肉づきが良く腹回りもゆったりとしている。
「パーディシャーのご命令とあらば、わしがあの男を引きずってきましょう」
 皮肉な笑みを口元に浮かべている。
 煌々とした瞳は少しも笑っていなくて、私は蛇に睨まれた蛙のようにびくりとした。その情けなさに満足したように、ヴァートは片手を広げて「くっ」と笑った。
「冗談を真に受けないでもらいたい。アジュールならば呼びに行かなくともすぐに来ます。まあ、来たところでいてもいなくてもいいような男ですが。なにせ、民にも『白銀王』と呼ばれるほどの……」
「パーディシャー、席にお掛けください」
 最年長の男がヴァートの言葉を遮った。赤の王であるギュールズだ。老人と呼んでも差し支えないほどに高齢で、病も患っていると聞いていたが、少なくとも見た目は若々しかった。
 以前は赤の軍の兵士をしていたというだけあって胸板は厚く、ほおには傷があり、厳めしい雰囲気を醸し出している。そのような外見でも、統治する南方の民からは慕われているという噂だった。
 私はギュールズに言われるまま、椅子に腰掛けた。
「青の王は兵に呼びに行かせます。時間が惜しいので会合を初めてもらいたい。よろしいですかな、パーディシャー」
 私が返事をする前に、紫の王がトントンと机を指で叩いた。
「では、私から」
 紫の王のパーピュアは長身で肩幅もあるが、厚手の服を着ていても骨の形がわかるほど痩せていた。
 蒼白い顔をして、目の下には濃い隈があり、陰気な印象だ。不機嫌そうに指先で机を叩きながら、早口で言った。
「前代のパーディシャーから、ブレイゾンとの国境に黒の兵を送ると言われていたがどうなっているんだ? 王が死んだので待てと言われてもうひと月だ!」
 彼の語気の荒さに飲まれないように、冷静に説明しようとした。
「すでに黒の兵を派遣しています。北方の三将軍に通達しましたが、お聞き及びではありませんか?」
「馬鹿な。送られてきたのは術師ではなくただの兵だったと、ヘイズ将軍から聞いている。私が前代と約束したのは、術師で組織された精鋭部隊だ。まさか、代替わりしたばかりで約束を聞いていなかったと言うつもりか!?」
 苛々した様子を隠そうともせず、拳を机に打ち付けた。
「存じています。しかし、私は軍から術師を排除する政策を打ち出しています」
 パーピュアは手を止め、切れ長の瞳を大きくした。
「術師を排除する? 本気で言っているのか」
「これからは術師の力には頼らず、能力の秀でた者たちを取り立てていくつもりです。前代がパーピュア様にお約束したのは『援軍』です。術師のいない小隊であっても、『援軍』という約束自体は履行しています」
「な……っ!」
 ヴァートがパーピュアを見て、面白がるように「だから、書面に残しておけと言ったのに。新王に一本取られたな」と言った。
 ゆったりした仕草で、両手の指を組み合わせた。彼の視線はパーピュアではなく、私に向けられていた。
「しかし、なんとも大胆な策だ。黒の王が代々パーディシャーを務めてきた陰には、多くの術師が存在した。貴方は術師という後ろ盾が無くとも、他の王を従えられるとお思いで?」
 にやにやと笑われて、不快になりながらも答えた。
「認めていただけるよう尽力します」
 パーピュアが勢いよく立ち上がった。
「ふざけるな! 書面など取り交わさなくとも、王同士の約束は絶対だ。破ればどうなるかわかっているのだろうな? いいか、今すぐに術師の援軍を北方へ送れ!」
「そ、そう凄まれても、私は考えを変える気はありません!」
「王の約束を違えるとは、相応の覚悟があるのだな? そのような態度ならば、ブレイゾンとの和平で得た利益を献上するという約束も、考え直さなければならない。後悔しないと言い切れるんだな?」
 レイヴンの言葉を思い出してハッとした。失敗した。会合では他の宮殿の政務について、明言を避けなければならなかった。
「失礼しました、パーピュア様。お返事は後日、黒の宮殿の宰相からあらためてお伝えいたします」
「なんだその態度は! おまえのような子どもじゃ話にならん。今すぐここへ黒の宰相を呼び出して……」
 パーピュアは急に会話を止めた。
 私の背後を見ていたので、つられて扉を振り向いた。
 ふらりと部屋に入ってきたのは、アジュールだった。腰まである白銀色の髪を片側でまとめ、ゆるい三つ編みにしている。
 継承式で会った時にも思ったが、おそろしく綺麗な王だ。
 女性ではないので綺麗という形容が正しいかわからないが、他に言い方が思いつかないくらい、美しい王だった。上背はあるがほっそりとして色白で、伏し目がちで歩く姿は儚げですらあった。
「失礼、私にかまわずお話を続けてください」
 アジュールはおっとりした口調でそう言うと、空いている最後の椅子に向かった。
 足取りは遅く、会合に遅刻したという焦りは微塵も見えない。政務には関心がないと聞いてはいたが、たしかに会合にも、新しいパーディシャーである私にも、まったく興味がなさそうに見えた。
 アジュールの治める東方の自治は私に任されている。
 本来ならば、就任したばかりの王が判断力の無い幼児の場合にのみ適用される、パーディシャーの代行権が、それが今でも有効なほど、アジュールは王としての権限を放棄していた。
 つまり私は黒の王を継いだ時から、中央と東方のふたつの領土を治めていることになる。
 ヴァートは後ろをアジュールが通ろうとした時に、彼を見上げた。
「おい、ハリームから直接来たんだろう?」
 アジュールは足を止めた。服のそでを顔に近づけて息を吸い込む。潤んだ水色の瞳でヴァートを見下ろした。
「匂う? ごめんね」
 甘ったるく微笑んだ。媚びているようにも、相手を虜にするための艶やかな笑みにも見えるが、ヴァートは嫌悪感を丸出しにして顔をしかめた。
「朝からお盛んだな。この調子でまた子どもを作るつもりか」
 アジュールはヴァートの肩にそっと手を置くと、「それはもう、一人目で懲りたよ。うるさくてかなわない」と優しく言った。
「どうだか。うるさいだけの子どもとは違うと、研究所から聞いているが? 幼いながら『賢者の卵』と言われるほどの頭脳だとか。アジュールに似て、さぞや賢い子なのだろう」
 アジュールは嫌味ったらしい言い方に気を悪くした風もなく、首を傾げて「どうかな。まあ、わたしよりは賢いのだろうね」と聞き流した。
「あの子のことが気になるの? ああ、緑のお方は、才能さえあれば出自に関わらず取り立てるのでしたね。先日も無名の建築士を王宮付きに推挙されたとか?」
 ヴァートは鼻を鳴らしただけで、問いかけには答えなかった。
 そのかわりに「顔こそ、親譲りの美貌なのだろうな」と言った。
「さあ、シアンはまだ四つだからなんとも……そうか、緑のお方は年端もいかない少年がお好みでしたっけ。ハリームに入れたいという意味で、シアンに興味がおありで?」
「そうだと言ったら、息子をわしに売るのか?」
 アジュールはやわらかく微笑んだ。
「ああ、いいね。子どもひとりと引き換えに、莫大な銀が手に入るのなら夢のような話だ。そうだ、紫のお方も話に加わりませんか? 貴殿もたしか幼い子をいじめるのが好きでしたよね。子どもの身体は脆い。替えはいくらあっても足りないでしょう」
 話を振られたパーピュアは、彼を睨んで「戯言はやめろ、青の王」と怒鳴った。
 ヴァートが意地悪く笑いながら、「パーピュアは女専門だ」と言った。
「残念。どうせなら、より高い方に買ってもらいたかったのですが。もしも次に子を為すのなら、紫のお方のために女にしておきましょう。うるさいだけの子どもにも使い道があると教えてくれて、ありがとうね、緑のお方」
 そう言って、ヴァートの肩から手を離すと、自分の席に着いた。
 胸糞の悪くなる話だ。彼らは子どもを人間としては見ていない。アジュールに至っては、血を分けた子を金儲けの道具にしている。
 死んだ祖父の姿と重なって不快になる。
 自分の子も孫も、術師としての価値しか求めず、自分の将来に邪魔な存在だと思えば、容赦なく殺した祖父を、私は忌み嫌っていた。
 鬱屈とした気持ちになって、机に片手を置いた。
「アジュール王、貴方に親の情はないのですか? 子を差し出すような真似をして、恥ずかしくはないのですか」
 アジュールは長い前髪を耳に掛けながら、「恥ずかしい?」と聞き返した。
「価値のあるものを売って銀を得るのは、生きるための方法です。誰もがしていることではありませんか」
「それでは私が禁じます。子どもと引き換えに、財を得ようとするのは止めてください」
「……うん?」
 なにを諭されているのかわからないといったふうに、アジュールは水色の瞳を瞬かせた。
 私は念を押すつもりで、「青の宮殿はパーディシャーの指揮下にあります。私の方針に背けば、それこそ貴方は生きる方法を失うのではありませんか?」と畳みかけた。
 アジュールは意味を噛みしめるように、「そう」と返事をした。
「仕方ないね、パーディシャーのご命令じゃあ」
 ヴァートが身を乗り出して凄んだ。
「上手くやり過ごせたと思うなよ、アジュール。『賢者の卵』をわしに売ると約束しただろう」
 私はヴァートに声をかけた。
「やめてください! その話を続ける気ならば私にも考えがありますよ」
「……若き王は前代とは違い、真っ向勝負がお好きなのか。それでは、考えを聞かせてもらえますか。一体、わしにどんな罰を与えるつもりです?」
 ヴァートは席を立ち、私のところまでやってきた。
 椅子の背に手をかけ、身をかがめて私の耳にささやいた。まるで、悪魔に近づかれたように背筋がぞくりとした。
「わしはね、前代のパーディシャーを尊敬していました。人を超えた圧倒的な能力を持ち、目的のためならいくらでも非情になれる前代は、まさしく王の中の王だった。安い正義感に踊らされて、術師さえ手放してしまうあなたが、何をもって我々の頂点に立つおつもりなのか、ぜひ聞かせてもらいたい」
 ぽんと、頭の上に手を置かれる。ヴァートの手は、焼けそうなほど熱かった。
「どうも、パーディシャーの地位というものを、勘違いされているようだ。あなたの座るその椅子は、永遠の地位を約束してはいない。あなたは今日、椅子取り遊びに加わったんですよ」
 氷水をかけられたように冷汗が噴き出した。その時、ギュールズが片手を差し出した。
「ヴァート殿、そろそろ会合を再開していただいてよろしいですかな。この老いぼれにとって、時間は貴重なのですよ」
 助け舟に涙が出そうになる。
 私は王たちの迫力に圧倒されていた。彼らの中で唯一、ギュールズだけは私の地位を重んじてくれそうだった。
 ふと、ギュールズが左胸を押さえた。服を搔きむしる。
 くちの端からツウッと血が垂れ、倒れ込むように机に突っ伏した。
「……ギュールズ様?」
 返事が無い。私は慌てて席を立った。
「すぐに赤の宮殿の専属医を……!」
 ヴァートが椅子の背に深くもたれ、首を横に振った。
「医師を呼ぶまでもないのは、明白でしょう。病を患っているとは聞いていたが……死に際はあっけないものだ」
 そう言って、ギュールズの手の甲を見つめた。さっきまでそこにしるされていた、赤色のティンクチャーは消え失せていた。
posted by eniwa at 00:00| トリロジー